岸田國士

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「盗電」の舞台監督を引受けた時、すぐ作者の金子洋文君に会つて、いろいろ相談したいと思つたが、生憎金子君は旅行中だといふことで、止むを得ず、自分だけの解釈に従つて稽古を進めた。
 然るに、旅行から帰つて稽古を見に来てくれた金子君は、私の解釈の誤つてゐる部分を指摘してくれたが、それは可なり重要な点に触れてゐるので、自分は少からず弱つた。
 あの「見すぼらしい男」は、最初から、あの「女」が幼馴染であることを知つてゐるのだと云ふのである。私は、寧ろ、初めのうちはそれを知らずにゐたが、だんだん或る「神秘的な交感」によつて、お互に記憶を呼び覚まして来るのだといふ風に解釈した。
 もう稽古日も残り少くなつてゐる。今からやり直してゐると形がつかなくなるばかりでなく、却つて印象があやふやなものになつてはおしまひである。幸ひ作者の許しもあつたので、そのまゝの解釈で押し通すことにした。
 しかし、変なもので、俳優が、此の作者の意見を知つてからといふもの、何となく、そつちの方に引つ張られてゐる気持がはつきり私に感じられた。作者もそれに気がついてゐたらしい。

 非常にお世辞のいい同氏の反駁を、僕が取立ててかれこれ云ふ筋合でもなし、殊に、演出に関する興味ある一家言は、僕を首肯せしめるに足るものであつた。僕も、さう云へば、数ヶ月前、本誌(「劇作」)上で「演出について」といふ一文を草し、坪内氏のお考へになつてゐるやうなことを、別の角度から、もつと堅苦しく述べておいたやうに思ふ。
 さて、演出の問題から、当然、稽古の問題にはひらねばならぬが、これは演出を論ずるよりも一層困難であつて、理由は、いふまでもなく僕に「俳優としての経験」がないからである。しかし、今日の日本の情勢では、やはり、作家が演出を引受け、心理学者が劇評をやり、翻訳家が戯曲史を説き、といふ風にでもしなければ、誰もなんにもしないことになりさうである。そこで、僕は、夙に、俳優の演技について論じ、劇団の経営について論じ、演出家の著作権について論ずることを、敢て憚らない次第であるが、序に、稽古について、僕の貧しい経験と、過去の貴重な見聞を土台に、若干、信じるところを述べてみようと思ふ。

 稽古場に帰って、皆で感想を語り合ったが、私が座員諸君の注意を促したのは、モスクワ芸術座の「どん底」が、想像以上に明るい印象を与えた、ということであった。それはなんのためか? いろいろ原因はあるが、第一に、こういう生活のなかにもあるロシア民衆の底抜けの楽天性である。しかし、この民族的特質は、やはり、ロシアの俳優でなければ、十分に出せないものではあろうけれど、われわれもそのことを頭において、それぞれの人物のイメージを描かなければならぬこと、演出上の配慮もまた、この一点を忘れては大事なものを失う結果になること、であった。だいたいに、日本人のわれわれは、生活の不幸な面、例えば、貧しさとか、病いとか、怒りとか、争いとか、特に死というような場面を舞台の上に描き出す時、必要以上に感情的な表現をする傾向がある。これは一種のセンチメンタリズムである。感傷の過度は常にヒステリカルな表情になる。これが、舞台を知らず知らず「妙な暗さ」で包むことになる。つまり、「暗い現実」というものはあるに違いないけれども、これを語るのには、「暗い語り方」しかないわけではない。